リアルじゃなくす黒記事やん

レアル・ジェネクス・クロキシアン

/人◕ ‿‿ ◕人\ <やぁブログ読者の方々、いつも閲覧感謝なんだ

/人◕ ‿‿ ◕人\ <知っての通り、Soulcatcher[s]に心掴まれたソルキチブログなんだねここは
/人◕ ‿‿ ◕人\ <ZEXALも終わり近所の店は絶滅危惧種な元の主コンテンツである遊戯王
/人◕ ‿‿ ◕人\ <ついに訪れた引退の瀬戸際で完全に漫画ブログにいこうしつつある昨今
/人◕ ‿‿ ◕人\ <まぁ引き続きSoulcatchersの話をしていくわけだ 推して惹かれてほしいわけだ

/人◕ ‿‿ ◕人\ <しかしな、流石に今週は不味いなと思っちゃったんだ仕方ないだろ
/人◕ ‿‿ ◕人\ <というわけでこれは苦言記事なんだ
/人◕ ‿‿ ◕人\ <念のため言っておくと、アンチに裏返ったってわけじゃない
/人◕ ‿‿ ◕人\ <最近SSまとめしかしてないのも、単に個人攻略編じゃなかったからってだけさ
/人◕ ‿‿ ◕人\ <今回は「それでいいのか?」っていう 一種の提言かな 何様だよって言うね

/人◕ ‿‿ ◕人\ <そんなわけで、淀んだものぶちまけたいだけの記事さ 正しく自慰だね
/人◕ ‿‿ ◕人\ <まぁ覚悟があるなら読んでくれてもいいかな

※4/2
/人◕ ‿‿ ◕人\ <どうやら覚悟が足りなかったのはこちらのようだね
/人◕ ‿‿ ◕人\ <追記という形で弁明することにするよ
/人◕ ‿‿ ◕人\ <本当は早さ優先で投稿してたから書き直したくて仕方ないんだけどね
/人◕ ‿‿ ◕人\ <これだけ叩きつけてくれた熱い想いの対象を抉って空を切らせるわけにはいかないね


馬鹿が長文垂れ流してるので、3行でまとめろって人は最下段まで飛んでください。絵無いです。






さて、私が心掴まれたSoulcatchersは何だったのかというと。

・共感度の高い登場人物の「苦悩」に直面しながら
・神峰自身も苦悩しつつも成長しながら前進し
・吹奏楽の力をもって「歓喜」の解決に向かい
・解放された心が音のイメージとなって飛び込んでくる

そんな、「救い」の物語であったことであるわけでした。


共に音楽を作り上げる過程ではぐくまれる「友情」。
人と向かい合い行動を起こしてゆく「努力」。
目指すは1年後の夏、たった1度の「勝利」。

音楽という分野をここまで「ジャンプ漫画」として昇華したことに感動を覚えていました。









そこにおいて、昨今の展開。

・OBとの比較で課題を浮き彫りにし方針を決める
・新入生を足掛かりに残された4人のパートリーダーと対話する
・仮想敵である伊調への対応を模索
・惡の要素を持つ異分子との接触

神峰の1話と展開を対比させ、同じ能力を彷彿とさせる存在の登場。
この4つ目は果たして、必要か。

これまで、基本的に悪の概念はありませんでした。
そもそも、バトルの物語は打倒すべき悪が必要ですが、競技の作品は競い合うライバルが居れば悪は要りません。
あってもラフプレーや盤外戦術など所詮淘汰される存在であり、ラスボスはもっと圧倒的な存在です。

そこに現れた、悪童。
散々バトル漫画だ吹争楽だと言われてきましたが、やはりスポーツ・競技の方法論では異質な存在。

このファンタジースレスレのリアルやバトルとスポーツの境目のようなバランス感覚こそ、神海漫画と呼ばれる特色ではあるのでしょう。

ただし。今週初登場の描写から見る限りは、動機は自身の悦びのため。
スポーツをお笑いショーと言ってのけた【あの人】と同列に語られるのも無理はない。

すなわち。彼は焼き直し。【あの人】の再来の意図はあるとみられます。

なぜ【あの人】が来たのか。

「読者が求めたから」といった点が、無いとは言い切れない。

各所での意見で見られることが多かった話。
「展開が早い」
「日常回が足りない」
「OBは出ないのか」
「【あの人】ばりの強力なキャラが欲しい」
「前作読みたい」
「磯兵衛にもあるのに公式twitterがないだと」

どれも、昨今回収された需要であります。


もちろんSNSや掲示板と言った全体として語るには一部にすぎない存在であるのは確かですが。
制作側と共有しうる情報として、直接のファンレターと並ぶオープンな存在であるのは間違いありません。

どうも、ここのところ読者の声を多分に聞いているような感触があります。

果たして、これはいい事なのか。


【あの人】の再利用は、「逃げ」ではないのか。


神海先生の弱点の一つに、引き出しの狭さの存在は否めません。
「Dodge The Ball」に「LIGHTWING」で描こうとしたトランセンドサッカーの片鱗は見えますし。
「Q部!」でも相手キャラの威圧感は後に繋がるものがあります。
Soulcatchers自体も旧作2作の題材と特性をくみ上げたものです。
 久能と伊勢崎、ProPealersが再登場するぐらいの想いの入れようです。

神海先生の主張や表現したいことが明確であるが故に、パターンの幅が狭いのです。
本作では、どうしても問題を見抜いて解決した神峰カッケーの賞賛パターンに陥り易い。
「なんで わかるんだ」はぶっちゃけほぼ向き合った全員が口にしています。
金井淵予想でもこれまでの話と被っていないかは重要視されながら考察されていますし。
それを重ねての変化表現などに昇華されていますが、天丼であることも否めない。

で、今回の新登場キャラクター。
破滅的な結果をもたらす愉快犯という類型。
「似たようなものしかかけない」と思われることは、作家性の底を判定されてしまい、期待度を落としかねない。
だからこそ、【あの人】に近しいキャラクターは、封印して欲しかった。
伊調が一人で勝手に盛り上がる系ヤンデレとして頭角を現しているが故に、散る存在は冗長ともいえる。
何より、協調路線の部内に投入されたのだ。
辞めさせる結果にでもならない限り浄化させざるを得ず、悪の改心も歓迎しづらい。
世界すら飲み込む【あの人】以上の目的がないと、現時点では小物臭しかしない。

現状、掲載順は下位でなりふり構っていられない状況かもしれないのは事実ながらも。
もしこれが過去の評判にすがったテコ入れのための挿入された産物ならば。
緻密な構成を綱渡りしてきたこれまでに無暗に投入された異物であり、話はとっちらかるばかり。
その上劣化焼き直しにすぎなかった場合、諸刃の剣が引導を渡しに襲い掛かってきかねない。

「ファンの要望にばかり応えていたら 
 それは亜城木叶の作品ではなくファンの作品だ」


バクマン。における、港浦編集がキメた数少ない良いシーンの一つ。
最近、この状態に至っていないかが非常に気がかり。

神海先生はこれらを取り入れたうえで布石の設置も怠っていないので、ストーリーテリングの面では全く心配してはいないのですが。
描きたかったものが歪んでいくことになるのなら、それはあまりみたくない。

私だって思ったことは好き勝手言う。
しかし要求はしていない。したくない。

極論をいうと、ファンの意見は聞かなくていいのです。
 少なくともこれまで通りを続けていれば、離れにくいのですから。
 既に持たせた期待にさえ応えていれば及第点なのですから。
 あまり餌を与えすぎると、勝手に期待のインフレが進む。
 膨張しすぎた理想から外れると、突然梯子を外しかねない。
 応えすぎて期待するネタがなくなれば、それで冷めて胴上げから落下させかねない。
 そんな虚しい結果はみたくない。
必要なことはファンを手放さない事ではなく、裾野を広げる事。
 釣り針は伊調の黒コートでもええんや、そこから読者を取り込めれば。
 そういう意味で、鳴苑ジャーナル強化やtwitter関連は期待したい。

あまり熱心なファンを自称している人のこじらせた要望よりも、他のアプローチを取って欲しい。
苦悩からの解放という優しいテーマだからこそ、触れる人が多くなってほしい。
私がこんな記事編集に勤しむのも、自分の満足以上に「広めたいから」が大きい。

読んで思った程度の人間の意見なんて、飛び越えて圧倒して納得させてほしい。
創作内容に影響なんかしたくない。想像を超える事が期待に応える事。



まとめ
・意見は聞いても取り込み過ぎないで
・需要には期待通りのものでなく新しいもので上書きして
・内輪でクローズに陥らないで


途中で推敲の意志を投げて滅茶苦茶な論理展開となっているでしょうが。

神海先生の漫画家としての実力への信頼とある種の媚への落胆に、揺れているのです。



4/2 追記分

発売日中に出したい&長くし過ぎたくないという思い故に論理展開に不具合があったようで申し訳ない。

第一に訂正させていただくと、「神峰と相反する人物」の登場自体は否定していません。
示唆に関する考察、投入の機会、どれもこれ以上ない位置づけで、そこは私も肯定的です。

仮にテコ入れのためならば、期待が高まっているはずの金管の決着を急ぐことの方が有効なはずです。
 推理物の解決編はアンケが上がるといったこちらもバクマン理論ですね。
それを置いてまで別方向のテコ入れを選択したのは、真の解放はコンクール本番であるとか、既に動かさないヴィジョンがあるのだろうと思っています。
または、さやかだけでなく彼も攻略の鍵であるか。重ね重ね言いますが、ストーリーの不満はありません。
「悪意」の存在そのものを否定するのは神海先生の作品である以上、それは作品の否定です。
ボッスン椿の大挑戦を超えても続いた作品はあるのです。

今回、個人的な危機感として記事を書くに至ったのは、「愉快犯な性質」。
黒枠といいあまりにも【あの人】を意識している、その点です。
彼の存在ではなく、彼の性質を見ての感想です。

結論から言えば、「もっと違うタイプの敵役が見たかった」これに尽きます。


・シアン需要に応えるための類似したキャラクター性、設計を歪めた投入
・神海先生の考える悪の類型、引き出しの底

彼の性質の原因がどちらかであった場合に対する危機感です。
前者であれば、作品を貫けなかったということへの悔しさ。
後者であれば、ぬぐい切れない弱点の露呈による天井。
【あの人】が見えてしまうことそのものが、限界の露見、悪手の一歩であるという想い。
初登場だろうが再登場だろうが、彼が終焉の使者であることに変わりはない。

佳境であるという事実、言い換えれば終末感が漂うと人が離れる場合も時にあると思います。
因果の真偽はどうあれ、リボーンや現在のBLEACHの様な長期連載でも、最後まで高い順位を維持することが難しいのです。
マンネリによる停滞だけでなく、「もう終わるならいいや」といった放置化はゼロとは言えません。

後者の場合でこの先がつまらないと判断されるなら、極論信者辞めればいいだけの話。
最も恐れたのは前者の場合。あまりにも歩み寄ったテコ入れは、作者による自己否定に近い。
「良かれと思って」は、誰も悪意がないのに墜落を招く呪いの言葉なのです。
私はそんな結果のためにこんなものを書いてきたつもりはない。


どうも登場自体に否定的な記事と見られたように感じたため追記しました。
おそらく登場の経緯の前に、一般的な構造としての彼の存在への懐疑から入ったが故の誤解かと。
私の記事へのご意見は肯定否定ともに見識を広める糧とできますが、意図とは違う意見がすれ違っていてはセッションにならないので。

コメント返信に代えて。 俺らはいつでも神海任せ。
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No title

へぇ、意外だ。むしろ1話の時点で真っ黒な心の持ち主の存在は示唆されていたし、僕はいずれ何らかの形で出て来ると思ってました。
まぁ、まさか全く別の人が神峰と同じ能力持ちで出て来るとは思ってませんでしたが

でも、『もし神峰の能力が悪い方向に使われたらどうなるか・・・』という、興味を掻き立てられる方向性へ物語が広がった感もありますし、
『ライトウイング』と違って彼が部を壊したら物語自体が終わる上、同じ学校の生徒のため全く接触しないというのは不可能です
となると『与えられた才を悪い方向にためらいなく使う人間との折り合い』というテーマになると思います
ここまでの悪ではなくとも、『一緒に居たくもない、でも必然的に一緒になる。そんな苦手な人物とどう付き合っていけばいいか』というのは案外身近な問題でしょう

決してただの焼き増しにならないと信じています

No title

私も同様なことを感じなくもないです。
けれど、私はこれは既定路線であり、心にまつわる物語としては避けては通れない道だと考えています。
他の人もコメントしていますが、新学期や新入社員の入ってくる時期というのは、自らの望まないものと遭遇せざるを得ない時期だと考えるからです。
出会いにおいては、私も何故このような酷いことをするのだと考えてしまったり、悲しい気持ちにさせる相手に図らずとも出会い、苦悩を抱えることはありました。
この新キャラの登場はある意味、神峰が吹奏楽部に入ってきたときパーリーが感じたかもしれない、ある程度の良い状態でまとまりがある閉塞的空間に変化が生じることへの恐れや拒絶感を、我々読者が味わっているようなものだと感じます。
人と関わる上で苦悩から解放されるだけなんてありえない、関わりづらいだけでなく、嫌な気持ちにさせる相手とも真っ向から向き合う強さを描かなくてはならないのではないでしょうか。
今の神峰は新入部員の勧誘で向けられる拒絶の心や、射的屋さんの怒りの心からつい逃げてしまうような、まだまだそんな弱さを抱えています。
そんな神峰が可愛く思えはしますが、それだけではダメな時期に来ているのではないでしょうか。
見たくもない悪意と向き合った末に、神峰が強くなり、また相手に自分一人だけの世界で関係を壊して楽しむようなそんなことよりも、もっと楽しい世界が吹奏楽にはあると道を示すことができれば、苦悩から歓喜へ至るこの物語としては良いことではないかと思うんです。
それこそバトル漫画ではないからこそ、人との真剣な関わりの中で改心するというのは、ソルキャでは描かれてもよいものだし、納得しうる改心を描いてもらえればと私は思います。
少しの悪意もない人間なんていないし、小物に見えようと何かに感動し、影響受けることでそれが改心してはならないなんて悲しいんです。
また、伊調は強大な敵ではあるけれど改心させる敵ではなく、救い勝たなくてはならない敵であり、悪意と向き合うことや他の素晴らしい世界に目を向けさせることすらできないようでは、伊調の心の深い闇に神峰は本当の意味では向き合えないのではないでしょうか。

気分を悪くさせるような長文となってしまったかもしれず、申し訳ありません。
ただこのような考え方もあると伝えたかったのです。
私もできれば、こういったキャラを出さずに済めば越したことはないし、ソルキャでストレスは感じたくはないなあとは思うんです。
そういった読者は多いと思います。
そんな中、どういった結果になるかはわかりませんが、苦悩よりもさらに深い人の心の闇であるところの悪意を描こうとする神海先生はある意味挑戦的だとは思います。

追記

改めて投稿した長文を見直したところ、意味不明感があったので。

神海先生はファンサービスに長けてはいますが、今回の新キャラは読者が求めるから出したと考えるには、いささか違和感を感じるキャラではあるんですよね。
ジャンプ読者は割とストレスを感じる展開を嫌うと思われるし、少なくとも今のままの方が読者は離れないなんて、編集や作者は分かると思うんですよ。
それでもここで急激な変化を与えうる読者に嫌われそうなキャラを出してきたことは、安寧を求める読者に嫌がられるかもしれなくても、描きたいものがあるんじゃないかなあと。
これまでどおりを続けるということもある種、読者に嫌われないように変化を恐れ挑戦せず安定志向でいこうという逃げにも見えるので、マクバのように挑戦者であることや守りを考えないサッカーを示したを神海先生らしくないと思います。

なるほど…すみません最近になってようやくライトウィングを読むことができたのでごちゃごちゃした感想になるかもですが書かせてもらいます。神海先生を擁護するわけではないですがもしかしたら神海先生は今までの読み切りでやり切れなかったことや自身と向き合うためにソルキャで読み切りキャラを出したり、
「あの人」のようなキャラをわざと出しているのかなと私は思いました。Op.28のオーボエパートメンバーはアンサンブルでやりたかったこと(連載していたら)をソルキャでやるという意思表示に見えました。最後の手バチンとか特に…。そして弦野編序盤で叩き切られてしまったバンドは(後から知りました)は
読み切りハートキャッチャーに出てきた主人公がいたバンドなんですよね。ハトキャでは主人公が最後バンドを捨て販売員の道を選びますが、私は神海先生は本当にこの結末を望んでいたのではないんじゃないかと思ってしまいます。なぜならハトキャ含めた読み切り4本を描いたのちどんな漫画を描くか神海先
生は悩んだそうです。それを見た担当の方が1番自分らしさが出せた作品とネームが上手くいった作品は何かと聞き神海先生はアンサンブルとハートキャッチャーと答えました。もし納得した結末を描けていたならば再び読み切りのキャラをソルキャに出す必要は無いと思うのです。弦野がプロピーラーを刀で叩き切る描写は過去の未練たらたらな(音楽から無理矢理離れ、違うジャンルをやろうとしていた)自分に別れを告げ本当に描きたい漫画(音楽)を描くという強い意志のように見えました。そしてそれに続くOp.32で弦野はこう言っています「他人なんかどうでもいいんだぜ〜オレが「オレの音楽を」やったら みんな自然についてきたろ それだけだ」と。
これが作者の意図とは言い切れないので個人的な考察となりますがこのセリフの他人を読者に音楽を漫画に置き換えると神海先生の本音が垣間見えた気もするような?
Op.33では楓さんのセリフ「おまえは翔太が道を外したら心中するのが友情だとでも思ってんの?」これはまるでファンに向けたセリフだなと何でも受け入れナァナァグダグダでやっていたら読者も作者も成長出来ない、悪いと思うところがあったらハッキリ言え!ということなのでしょうね…。なので私はとつき(名前間違えたらすみません…)さんが今回はっきりと悪いと思った部分をあげてくれたので安心しているのです。本当にソルキャを好きでいてくれてるからこそ道を正す強い意志を持っているんだなと。
話は飛んで野球応援編に入ります。
私はこの話で何故多田が主役なのか疑問に思っていました。後半は暴君が真の覚醒をしているので暴君の成長を描いているのは理解できたのですが…。ちょい役のモブがここまで活躍(ツーアウトサヨナラHRは奇跡的)させるのは何の意味があるのかと…
そこで再びセリフを拾ってみます
「吹奏楽部のおかげで試合に勝てた!!オレはヒーローになれた!!!」
重要なのは後半です。オレはヒーローになれた!!!高校野球ではないと思うのですが
プロ野球では試合後勝ったチームで1番活躍した選手がヒーローインタビューを受けます。テレビにも映りますしファンの声援もすごいです。まさしくヒーロー。いままで実力ヤル気ともになかった凡人が何かをきっかけに生まれ変わる。そんなことあり得ないと現実では否定してしまいますが果たして本当にそうなのでしょうか?凡人ということはまだまだ伸びしろがたくさんあってヤル気を出して努力すればヒーローになることだって不可能ではないのです。
英雄をのぞむのに誰も英雄になろうとしない
Op.34にて使われた曲「Daiamond In Your Heart」の歌詞(ちょい違います)にはそうありました。ヒーローを求めるなら自らヒーローになれ!なれないとかできないとか言う前に挑戦してみなよ!という意味を込めたのかもしれません。
さて長くなりましたのでこのへんで終わりたいと思います。長文失礼しました。それから
コメント欄でソルキャスレのこと書いたこと(おーぷん2ちゃんねるソルキャスレを勧めたこと)で迷惑かけてすみません…。
Twitter開始とジャーナルリニューアルは素直に嬉しいです!これで本当に最後、金管パーリーの記事楽しみにしてます!



No title

単純に考えすぎ・深読みしすぎだと思うんですが……別にテコ入れでも何でもないと思いますよ昨今の展開も
学園物で新学期・新学年を迎える際にインパクトのあるキャラクターを登場させることが「テコ入れ」だと判断するのは穿ち過ぎではないでしょうか?
「神峰と相反するキャラクター」を出す(=心を悪い方に持って行く)ような悪意のあるキャラを出すこと自体に否定的でないというのならなおさらですし。「神峰を否定する・神峰と逆ベクトルの行動を取るキャラクター」が「心を愉快犯的に歪めていく人物」という造形も妥当だと思いますし、そこまで前作のボスキャラを意識した作りだとはあまり思いません……

更にこれまでの展開が「神峰カッケーになりやすい天丼」だと判断なさっているのなら、このキャラクターの登場はそのパターナリズムの打破として要請されたものだと解釈することも可能だと思います

ただまあ、「見ていて不快になるほどの悪役」というキャラクターを少年漫画、特にバトルでもない部活青春系の漫画に出したことに対する違和感や、「必要かな?」と思ってしまう点があることには同意します。
しかしこのような書き方では、「自分が気に入らない・違和感を感じる展開になったから」という理由での作品批判である、という誤解もされかねないと思います。「読者の声なんて作家や作品には関係ない」のも、その通りであると思いますし。

単純に、アンケというより新規ファンの獲得が必要に迫られたんだと思う。Twitter公式アカのフォロワー数見ても他と圧倒的な差があるから、元々アンケ出しまくってる既存ファンのアンケが上がるだけでは足りないんだと思う。最近のアンケート用紙見るとジャンプ側も何を打ち切りにするか迷ってる感じがあるし
プロフィール

戸付湯歌

Author:戸付湯歌
たかが知れている。

思いつきはツイッター経由。
 思考の嗜好であり、試行の歯垢に過ぎない。

主に遊戯王のカードやデッキの考察、自分専用まとめwiki。
たまに漫画・アニメ評とか。
神海英雄先生のソウルキャッチャーズは永遠の魂です。

主要記事
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